1.「他人事ではない」のに、「うちは狙われない」と言い切れるのでしょうか?
改めて述べるまでもなく、企業や組織は常にサイバー攻撃の脅威にさらされています。そして、攻撃の対象には規模や業種の区別はありません。自社がいつ攻撃対象となってもおかしくない、と考えると、サイバー攻撃はもはや他人事ではありません。ただ、各種報道で目の当たりにするのが規模の大きい企業や組織におけるインシデントであるからか、「中小企業はサイバー攻撃の標的にならない」とお考えになる方々がいらっしゃるかもしれません。
「うちは狙われない」「中堅・中小企業はサイバー攻撃の標的にならない」という誤解や思い込みをされている方は、警察庁の「サイバー空間をめぐる脅威の情勢等」に掲載されている「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について(27.1MB)」をご覧ください。同資料の8ページ(PDFの表紙から15ページ目)には、以下のように書かれています。
警察庁が「サイバーセキュリティー対策が比較的手薄」と評価している中小企業が、サイバー攻撃者に狙われているわけです。また、ランサムウェア被害件数の約3分の2を中小企業が占めています。まずは、「うちは狙われない」という思い込みを捨てていただくべきでしょう。そして、以下の表で、セキュリティーにおける「よくある思い込み」と「現実」をご確認ください。
| よくある思い込み | 現実 |
|---|---|
| 「うちは中小企業だから狙われない」 | 被害の6割以上が中小企業。セキュリティーが手薄で侵入しやすく、「狙いやすい標的」。 |
| 「ウイルス対策ソフトを入れているから大丈夫」 | 最新のランサムウェアはウイルス対策を回避するので、多層防御が必要。 |
| 「セキュリティーはIT部門が全部やってくれる」 | 技術対策だけでは不十分。経営層が方針を示し、全社員が当事者として行動することが不可欠。 |
なお、表中にもある通り、セキュリティーはIT部門まかせにするのではなく、経営層の積極的な関与が不可欠です。なぜならば、セキュリティー投資は経営判断の対象であるべきだからです。
2.「人」を起点に発生しているセキュリティー事故。大切なのは社員教育
導入されているセキュリティー製品やサービスは各社各様であるにせよ、企業や組織はセキュリティー対策を講じています。しかし、対策を講じているにも関わらすセキュリティー事故が後を絶たないのはなぜでしょうか。
様々な調査が様々な数字を挙げているので、まず、個人情報保護委員会の「令和7年度年次報告(令和8年7月7日)」(PDF)のデータを紹介します。報告の43ページ「⑤ 漏えい等元及び漏えい等原因(期間::令和7年4月1日~令和8年3月31日)」によると、個人情報取扱事業者等において、報告者自身からの漏えい11,040件のうち81.9%を、ヒューマンエラーに該当する誤交付(6,072件)・誤送付(2,889件)・誤廃棄(78件)が占めました。
また、成功したサイバー攻撃の90% 以上(出典元:America’s Cyber Defense Agencyの「Shields Up: Guidance for Families」)がフィッシング攻撃とビジネスメール詐欺(BEC)攻撃によって仕掛けられている、とソフォス社のページで述べられています。
そして、アクロニクス社のサイバー脅威レポート 2025年下期版によると、「すべてのメール脅威の 83% をフィッシングが占めました。」という状況ですので、定期的な標的型攻撃メール訓練などを含む社員教育が重要になってきます。
セキュリティー意識向上トレーニングを提供しているKnowBe4 Japanのリリース「KnowBe4 Japan、2025年度 フィッシングベンチマーキングレポートを公開」で公開されているアジア地域 2025年度版によると、KnowBe4が提供するトレーニングの開始前に模擬フィッシングテストに引っかかった割合のアジア平均は28.6%。90日間のトレーニング実施後は17.9%。そして、トレーニングを1年間実施した時点では5.2%と、効果的なトレーニングを継続的に実施することで持続的な行動変容がもたらされ、サイバーセキュリティー脅威に対する脆弱性を大幅に軽減できることを示しています。
| 定期的なフィッシング訓練 標準型攻撃メール訓練を年複数回実施し、開封率を継続的に可視化・改善する。 |
ルールの明文化と全社周知 パスワード管理・USB利用・私用端末・AIツール利用などの社内ルールを明文化する |
| 「報告しやすい文化」づくり 誤って開いた時に責めずに、すぐ報告できる体制こそ、被害最小化の鍵。 |
階層別の教育設計 経営層・管理職・一般社員でリスクと役割が異なるため、対象別ごとに内容を設計する。 |
なお、社員教育は、以下の表を参考に、対象別に内容を設計するようにしてください。なぜならば、経営層、管理職、一般社員でリスクと役割が異なるからです。
| 経営層・役員 | 管理職・部門責任者 | 一般社員 | IT・システム担当 |
|---|---|---|---|
| サイバーリスクが経営に与える影響を理解 | 部門のセキュリティー方針を部下に周知する | フィッシングメールの見分け方を実践 | 脆弱性管理とパッチ適用のサイクルを確立 |
| インシデント時の意思決定と対外対応を学ぶ | インシデント発生時の報告ラインを理解 | パスワード管理とMFAの正しい使い方 | インシデント対応手順(IRP)を整備 |
| セキュリティー投資の判断基準を持つ | シャドーITや情報漏洩リスクを把握 | 業務データの持ち出しルールを守る | ログ管理・アクセス権限管理を実施 |
| 有事のメディア対応・株主説明を理解 | メンバーの教育実施状況を管理する | 不審なことがあれば、すぐに報告する | バックアップ復元テストを定期実施 |
3.シャドーIT~情報システム部門が知らないところで広がっているリスク
情報システム部門の皆様が対策に取り組んでいても、セキュリティー事故が発生する場合があります。その原因の1つは、部門単位で導入されたIT資産の存在にあります。
「シャドーIT」とも呼ばれる、情報システム部門の皆様が把握していないIT機器(PC、サーバー、ネットワーク機器)、ツール、サービス(クラウドサービス、SaaS)やアカウントの存在が、セキュリティー・リスクを高めているのです。

当然ながら、「見えないものは守れない」ので、シャドーITに対する対策は、資産の棚卸となります。情報システム部門が把握できていない資産をリストアップすることから始まります。
判明している対象から順次に対策を、とお考えになるかもしれませんが、リスクが高い問題から対策を講じる必要があります。そのためにも、棚卸はシステム全体を対象として取り組まれることを推奨します。
| STEP 1 資産の洗い出し |
STEP 2 管理状況の確認 |
STEP 3 リスクの可視化 |
STEP 4 継続的な更新 |
|---|---|---|---|
| PC・サーバー・ネットワーク機器・クラウドサービス・SaaSを網羅的に調査 | OS・ソフトのバージョン、利用者、アクセス権限、保有データの種類と重要度を整理 | 古いOS・未更新ソフトウェア・野良IT(シャドーIT)・休眠アカウントを洗い出す | 棚卸しは一度では終わらせない。年1~2回見直すサイクルを定着させる |
4.猛威を振るうランサムウェアに対する打ち手
攻撃手法が高度化しているランサムウェア。「100%の侵入防止」は不可能な状況となっていますが、被害リスクを下げるための打ち手はあります。
先に紹介した警察庁の「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」の「ランサムウェアの被害に関する統計④(61ページ)」よると、バックアップを取得しているのは96.2%(53件中51件)です。
ランサムウェア攻撃はデータを人質にとるものなので、取得してあるバックアップからデータを復元できれば身代金を払う必要は無くなります。
ところが、バックアップからの復元が不可であった割合は85.4%(48件中41件)なのです。そして、バックアップから復元できなかった理由の65.7%(35件中23件)が、バックアップも暗号化されてしまっていたためだったのです。
バックアップまでランサムウェア被害に遭ってしまう原因の1つは、バックアップが本番データと同じネットワーク上に存在していたためでしょう。バックアップサーバーそのものが脆弱であったことが原因の場合もあるでしょう。
上述してきた内容を踏まえると、ネットワークから切り離せるメディア(外付けディスクやテープ)や場所(遠隔地)に、取得したバックアップを保存・保管する必要性をご理解いただけると思います。
バックアップには「3-2-1ルール」と呼ばれるルールが存在します。これは、「3つのコピーを保持」、「2種類の異なる媒体に保存」、「1つは遠隔地に保管」のことです。
ただ、最近は、「1つは書き換えや削除ができないイミュータブル(不変)またはエアギャップ(オフライン)で隔離して保管する」と「バックアップからの復元時のエラーが0であることを定期的に検証・確認」を加えた「3-2-1-1-0ルール」も提唱されています。
いずれにしても、以下の表に書かれている内容を参考に、バックアップに対する見直しをしていただく必要性があるでしょう。
| ✕ | 〇 |
|---|---|
| 同じネットワーク上にバックアップを保管している | ネットワークから切り離したオフライン・別系統の保管先に置く(ランサムウェアは同一ネットワーク上のバックアップも暗号化する) |
| バックアップを取っているが、復元テストをしたことがない | 年2回以上の復元テストを実施し「実際に戻せる」ことを確認する(テストなきバックアップは存在しないも同然) |
| バックアップ頻度が週1回で直近1週間分のデータが消える | 重要データは日次・リアルタイム複製を設定しRPO(目標復旧時点)を業務ごとに定義する |
| バックアップの操作・復旧手順を担当者1人しか知らない | 手順書を整備し複数人が対応できる体制を作る。有事に担当者が不在では意味がない |
なお、警察庁の「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によると、ランサムウェア被害に遭った企業や団体で、サイバー攻撃を想定に含む業務継続計画(BCP)を策定済みであったのが6%(50件中3件)となっています。この結果から、バックアップを取得してあってもデータの復元テストをしていない件数が大半であったことが伺えます。
上述してきた内容を踏まえると、「3-2-1-1-0ルール」にある「バックアップからの復元時のエラーが0であることを定期的に検証・確認」の確実な実施が大切であるとご理解いただけるでしょう。
ここまで記述してきた内容は、復旧対策に関するものです。当然ながら、ランサムウェアの侵入経路を絞り込む入口対策も不可欠です。入口対策として、以下の3つをご確認ください。
- VPN機器の脆弱性管理
メーカーのパッチ情報を毎月確認し、適用する運用を確立する。
バージョン管理を台帳化して抜け漏れをなくす。 - 多要素認証(MFA)の全面導入
VPN・クラウドサービス・社内システムすべてに適用する。例外を作らないことが重要。 - 不要な外部公開・サービスの停止
使っていないRDPポート・公開サーバー・試用で入れたSaaSを棚卸して停止する。
また、内部対策については、以下などが挙げられます。
- EDR(Endpoint Detection and Response)の導入
エンドポイント(末端機器)での不審な挙動を検知・隔離 - ネットワークのセグメンテーション(分割)
ネットワークを細かく分割し、あるセグメントが侵害されても、他のセグメントへの影響を最小化 - 最小権限の原則
業務上必要最小限のアクセス権限のみを従業員やシステムに付与することで、アカウントが乗っ取られた場合に、攻撃者がアクセスできる範囲を制限
ランサムウェアは、攻撃の準備期間中に、システムの管理者権限を取得しようとします。従業員やシステムに付与する権限が最小であれば、下図の「権限昇格」にある管理者権限へのランサムウェアの昇格を阻止できます。
| Day 0 | ~1ヵ月 | ~2ヵ月 | ~3ヵ月 | 実行日 |
|---|---|---|---|---|
| 侵入 VPN脆弱性・フィッシング・不正認証で気づかれずに侵入。 |
内部探索 ネットワーク内を静かに調査。どこに何があるかを把握する。 |
権限昇格 管理者権限を取得。より深い領域への侵入が可能になる。 |
バックアップ破壊 バックアップを特定し削除・暗号化。逃げ道を塞ぐ。 |
実行日 ファイルを一斉暗号化。身代金要求が届き、初めて気づく。 |
5.AI活用が生み出す新たなリスク
広がるAI活用によって、新たなリスクが生まれています。新たなリスクと企業が講じるべき統制は以下の通りです。
- AIへの機密情報の入力による外部漏洩
- AIが生成する「事実に基づかない情報」を検証せずに業務利用
- 情報システム部門の承認を得ずに、企業として承認していないAIを利用
- AI連携APIやプラグイン経由の不正アクセス
- AIへの悪意のある指示の埋め込みによる学習データの汚染
上述したようなリスクに対して、企業が講じるべき統制は以下の通りです。
- 入力禁止情報を明確化する利用ガイドラインの策定
- 利用可能なAIを明確化し、許可制や台帳管理にする
- AIの出力結果を、人が必ずレビューする運用を徹底
- アクセス権限、ログ、APIキーを一元管理する
- 社内のAI活用情報を定期的に棚卸・監査する
ここで注意していただきたいのは、AIの使用を禁止しているわけではない、ということです。現状を把握し、ルールを作ることから始まり、継続的に見直す運用とすることで、安全なAI活用が実現するのです。
| STEP 1 現状把握 「何が使われているか知る」 |
STEP 2 ルール策定 「何をしてよいか明文化する」 |
STEP 3 継続管理 「定期的に見直す仕組みを作る」 |
|---|---|---|
| ―利用中のAIツール・サービスを全部門から申告させる ―IT部門以外が契約しているものを含む棚卸リストを作成 ―利用目的・入力データの種類・利用者数を把握する |
―個人情報、機密情報など入力を禁止する情報を明確化 ―許可するAIツールの明示とエンタープライズ版の推奨 ―違反した場合の対応フローと報告先を定める |
―四半期ごとにAIツールの棚卸と利用状況レビューを実施 ―新しいAIツール導入時の申請・審査プロセスを整備 ―従業員へのガイドライン研修を年1回以上実施する |
6.まとめ:今すぐやるべきこと
本記事で紹介してきた内容には、予算やスキルがなくても着手可能なアクションが含まれています。まず、以下の3つに取り組んでください。その先に全員参加型のセキュリティー対策が見えてくると思います。
- IT資産とアカウントの棚卸を始める(シャドーITへの対策)
- バックアップの復元テストを実施する(ランサムウェアに対する打ち手)
- AI利用のガイドラインの作成と配布(AI活用が生み出す新たなリスク)
関連リンク
筆者
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株式会社イグアス |













令和7年上半期におけるランサムウェアの被害報告件数は 116 件であり、半期の件数として令和4年下半期と並び最多となった。組織規模別のランサムウェア被害件数は、前年と同様に中小企業が狙われる状況が継続しており、77件で約3分の2を占めて件数・割合ともに過去最多となった。RaaSによる攻撃実行者の裾野の広がりが、対策が比較的手薄な中小企業の被害増加につながっていると考えられる。
(「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」より)