-第2部:冬の終わり-」
2023年9月21日 マーク J・レイ
第1部では、石器時代から20世紀までの人工知能の進展を考察しました。今回の記事ではエキスパートシステムの出現を考察します。
最初のAIの冬の終わり
最初のAIの冬は、エキスパートシステムの出現により終わりました。その当時登場したエキスパートシステムは、とりわけ医薬、法律、工学、金融といった特定分野で、実務者の意思決定プロセスをエミュレートするように設計されていました。何が起こるかというと、エキスパートシステムは、実務者によって定義された一連の規則を構築します。これらの規則は、より一般的には「ドメイン」と呼ばれるフレームワークになり、このフレームワーク内でコンピュータは質問を受けることができるようになります。システムは、知識ドメインを利用し、うまくいけば適切な答えを出力します。知識ドメインは、正答の可能性を高めるために意図的に小さく保たれています。これはちょっと不正行為のように見えますが、以下の2つのことを避けるために必要な戦術でした。
- 当時のその時点におけるCPU、メモリー及びストレージ容量といったハードウェアの限界
- 汎用人工知能(「HAL9000」と読み替えてください)の探求で、今日未解決のままの「常識的知識問題」と呼ばれる問題
開発者達は、もし「小さければ小さいほど良い」という規則を守り、人工知覚という彼らの壮大な夢が実用性を追い越さなければ、上手く機能するエキスパートシステムを作り出せることに気付きました。この好例はXCONシステムのデジタル・イクイップメント社(略称DEC)による実装でした。XCONは“eXpert CONfigurer”の略で、顧客の要件に基づいて、コンピュータシステムのコンポーネントを自動的に選択することで、DEC社のVAXコンピュータシステムの注文処理を支援しました。XCONは非常にうまく動作することが分かったので、多くの他の会社がこの活動に参加したいと考え、すぐに、より多くのそして多様なエキスパートシステムを作るために数十億ドルが費やされました。私ですか?私自身のエキスパートシステムプログラミングの取り組みではあまり進展はありませんでしたが、試験運転用にLISPを採用したことが今日まで続く研究の道を開きました。
1980年代:ブレークスルーの10年
80年代に生まれたAIにおける最も重要な発展は(少なくともニューラルネットワークに関する限り)、逆伝播アルゴリズムの発展だと言ってほぼ間違いないでしょう。
逆伝播のお陰でニューラルネットワークは複雑なパターンやデータの関係を学ぶことができます。逆伝播は、ネットワークが質問に対する答えであるべきと考えることと実際の答えとの差異に基づいて、ニューラルネットワークの接続の重みを調整することで機能します。いくらか高度な数学を学んだ人のために説明すると、逆伝播はこの仕事を行うために、微分法の連鎖律を使います。それは2つのフェーズで成り立っており、順伝播と呼ばれるフェーズ1では、質問(つまり、「入力データ」)は、ネットワークを通じて送り込まれ、出力が計算されます。フェーズ2は逆伝播で、予測された出力と実際の出力との間の誤差が、ネットワークを通じて逆方向に伝播され、この誤差を減らすように接続の重みが調整されます。逆伝播はコンピュータビジョン、自然言語処理、会話認識のようなアプリケーションで使われます。逆伝播の背後にある数学はほとんど理解不能で、その更に純度の高い概念でさえ理解するのがとても困難ですが、逆伝播について私は常にニューラルネットワークにおけるエラー検査の一形態として考えています。これは単純ですが、このアルゴリズムが行っていることを思い出すための効果的な方法です。
あなたは1日の内でChatGPT、またはGoogleのBardないしMetaのLlama 2をどれ位使いますか? Google検索はどうですか? 2~3回でしょうか、10回程度それとも100回位ですか? アンケート調査を行ったら、日常的にこれらのツールを使わない人は誰もいないのではないかと思います。あるいは、あなたはLinkedInまたは他のソーシャルメディアにログインし、他国からのユーザのプロファイル情報を見るために言語翻訳機能を使ったことがありますか? あるいは、更にワードプロセッサ内の文章をある言語から別の言語に翻訳したことがありますか? もしそうなら、あなたは自然言語処理(NLP)と呼ばれるAIアプリケーションを使っています。1980年代にNLPシステムは開発されました。これには人間の言葉を理解し、生成する様にコンピュータに教えることが含まれていました。もし上記の検索エンジンやソーシャルメディア、ワードプロセッサ内の言語翻訳機能を使うか、チャットボットや仮想アシスタントと「会話」したことがあるなら、あなたはNLPを使っています。AIの分野でNLPは最も使用され、研究され、アプリケーション用に開発されているものの1つです。事実、それはおそらく私達平凡な人間が最も多く使用しているものです。
1980年代にはロボティクスの分野での大きな進展もありました。高度なセンサー、アクチュエータ及び制御アルゴリズムの発達により、ロボットはより複雑な仕事ができるようになり、研究や宇宙探査(キュリオシティやパーサヴィアランスのような火星探査ロボットを考えてください)と同様に、製造や組み立てのための工業環境で使用されています。
全般的に見て、80年代は人工知能の進展にとって注目に値する10年間でした。しかし、その次はまた歴史を繰り返す事になります。AIは過剰に期待され過ぎてしまい、結果として期待を下回る成果しか出すことができませんでした。多数の会社が、目を引くカンファレンスやまことしやかなパンフレットを使い、エキスパートシステムにおけるAIの「前進」を誇大に宣伝しました。不幸なことに、これらのシステムが本番稼働する段階になって、それらのどれもこれもが失敗の道をたどりました。AppleやIBMのような会社から発売された低コストのパーソナルコンピュータが、LISPマシンをスピードとパワーで上回り、そしてすぐに遥かに高価で高度に特化したシステムを買う実質的な理由が誰にとってもほとんどなくなりました。エキスパートシステムはその脆弱性を見せはじめました。どういうことかというと、エキスパートシステムは通常と異なる入力があると大きなエラーを起こす可能性があったのです。結果、維持管理するのにお金がかかり過ぎるだけのものになりました。
1990年代始めまでに、ほとんどの商用AI会社は倒産しました。AIにとって悪い兆候が目に見えて現れました。第2のAIの冬の到来です。
1990年代:機械が学習を始める
常軌を逸したコンピュータや大予算のSF大作とは別項で、初めて人工知能が大衆に現実的にお披露目されたのは1997年でした。私達のほとんどが、チェスのチャンピオンであるグレイ・カスパロフがコンピュータとの対局で負けたのを覚えています。このコンピュータは何度か名前を変更されていました。ディープブルーはAIの実装における画期的な出来事であり、第2のAIの冬を終わらせるのに役立ちました。AIの記号推論部族 (AIの5部族については今後の記事で詳述します) の一例であるディープブルーは、論理ルールと記号を使って知識と推論を説明しました。アルゴリズムと発見的問題解決法の組み合わせにより、ディープブルーはチェス盤上の位置を評価し、駒を動かすことができました。ディープブルーは、対局中の意思決定を行うために過去の差し手とゲームの巨大なデータベースを照会し、その先の多くの差し手を検索することも可能でした。一連の差し手を素早く考える能力は、チェス上級者なら大変重要なスキルになります。ディープブルーは、「アルファ‐ベータ剪定」と呼ばれる技法を使用して、評価する必要のある差し手の数を減らしました。同様にアルファ‐ベータ剪定は、「ミニマックス法」を使ってゲームツリー内のすべての可能な差し手を再帰的に評価し、ゲームの結果に基づいて各差し手にスコアを割り当てます。(ぞれぞれの差し手の選択肢を枝と見て、すべてのゲーム進行をツリーとして表しています。)この技法は、現在ほとんどすべての人気のある対戦テーブルゲームの電子版(チェスや碁など)で、広く採用され使用されています。ディープブルーは地面にもう1つの杭を打ち込みました。ディープブルーの領域は(チェスを行うことに限定された)かなり狭いものであったにもかかわらず、特定の問題の解決に対するルールベースの記号アプローチの潜在能力を実証しました。
1990年代には「強化学習」と呼ばれるAI技法の発展もありました。「強化学習」は、報酬と懲罰に基づいて意思決定を行うようにエージェントを訓練する、機械学習の一種です。強化学習では、コンピュータがまずい意思決定をしたときに叩いたり、良い意思決定をしたときに飴を与えたりはしません。応答が正しかったか、間違っていたかを示す信号をコンピュータに送ります。するとコンピュータはこのフィードバックに基づき、長期的に報酬信号の累積値を最大化することを目標に意思決定指針を更新します。今日、強化学習はロボティクス、ゲームそして「推奨システム」(これについては、アマゾンを思い浮かべてください)と呼ばれるものに使われています。
サポートベクトルマシン(SVM)は、分類と回帰タスクのために使われています。SVMは2つのクラスのデータを分離する最善の線形境界(または超平面)を見つけ出すという考えに基づいています。X軸とY軸をもつ単純なグラフを描いた方眼紙を想像してください。そのグラフに数百個の点を書き込みます。これらの点はデータ点を表します。ここで、点の領域の中央を真っすぐ通る線を描きます。線の片側にある点は1つのデータクラスに属し、線の反対側にある点はもう1つのクラスに属します。今手にしているものは、基本的な「XでなければY」という状況であり、この状況下でSVMはクラスを割り振り、データをカテゴリー分けするための質問に基づいてデータがどちらのクラスに属すかを告げます。今日では、SVMはコンピュータビジョン、自然言語処理そして金融を含むアプリケーションで広く採用されています。
「ベイズ推計」の進化と機械統計の始まり
トーマス・ベイズは、18世紀のイギリスの統計学者、哲学者そして長老派の牧師です。ベイズは、彼の死後ようやく広く受け入れられたベイズ定理を考案しました。この定理は、確率理論や統計学に於いて、事前知識または事前情報に基づく事象発生確率を計算するのに使われます。もし統計学者と話をしたことがあるなら、しっかりしたベイズ数学の基礎知識のある人と話をした事があるといえるでしょう。AIでは、ベイズネットワークは意思決定、自然言語処理、生物情報学を含む様々なアプリケーションで使われています。「ベイズ推定」は、これまで記述してきた「AI」とは少し味の異なるもので、それについては将来もっと詳細に説明する予定です。
アンドレイ・マルコフは19世紀のロシアの数学者です。とりわけ、彼は連鎖を使ってロシア文学の中の母音と子音の発生モデルを作る方法を開発し、そこからマルコフモデルが開発されました。マルコフモデルは、ランダムに変化するシステム、または異なる状態間の遷移確率をモデル化する手法です。AIでは、隠れマルコフモデル(HMM)をパターン認識や機械学習で使います。1990年代のもう1つのブレークスルーであるHMMは、会話やテキストデータなどの複雑なものや、可変構造をもつような一連の観察結果をモデル化するのに特に役立ちます。医療記録や法的文書を思い浮かべてください。「隠れ」と言う部分は、モデル化されたシステムに観測できない状態があることを意味しています。このモデル化の成功は、観測されない状態によって影響されるプロセスがあることに依存します。つまり、既知のプロセスを観測することで、これらの隠れた状態が何であるかを学習することです。現代では、HMMは会話認識、自然言語処理、ロボティクスおよび時系列解析で使われています。
機械は一般的知能無しに推論可能か?
病院に行ったとき、医師は病気の原因を究明するために検査を行います。これには通常身体的な検査、臨床検査そして(多分最も重要な)病歴チェックが含まれ、病歴チェックでは過去の経験の観点から現在の問題を説明するか、または同じ問題の経験がないことを説明します。次に、医師は文献と自分の経験の両方から、他の患者の同様の症例に関する知識を利用し、その知識を適用してあなたの病状に診断を下すでしょう。
1990年代からのAIにおける最新の進歩は、データから同様の結論を導き出す能力をシステムに与えたことで、これはケースベース推論(CBR)と呼ばれています。CBRでは、問題が最初に識別され、一連の同様のケースがケースライブラリまたは知識ベースから検索されます。検索されたケースと関係のある特徴は、現在の問題の特徴と比較され、最も似たケースが選択されます。次に、選択されたケースからの解決策は、現在の問題に合わせて変更され、解決策を生成します。CRBは医療診断、法的推論および工学設計で役立っています。また、CBRはユーザの過去の行動に基づいて、製品またはサービスを推奨するために使用されている推奨システムでも使われています。この観点でCBRを見てみましょう。
あなたを担当する外科医または弁護士が、歴史的なあらゆる問題について、すべての医学的または法的知識を知っており、それらを身に着けていることはあり得ません。しかし、十分なメモリーを備えたコンピュータはそれが出来るかも知れません。将来的に、特化したCBR AIシステムが電子的な医療助手または弁護士補佐として活動するのを期待してください。つまり、すべての医師または弁護士が毎日苦労して取り組まなければならない多くの退屈な研究作業から解放し、その時間のすべてを患者のケアや法的助言に向けることが出来るようにする機器です。
次回は幾つかの最新のテクノロジーを考察し、このAIの歴史の最終回にします。そしてすぐに、ラップトップまたはデスクトップコンピュータをあなた独自のAIシステムに変える方法をご紹介する予定です!
近年の人工知能(AI)の進歩には目を見張るものがありますが、ややもするとAIの能力に対する期待や恐怖に目が行きがちです。しかし、技術史的な観点から見ると、AIは失望を伴う何度かの停滞と、パラダイムの変化の末にようやく現在のレベルに達した、まだまだ伸び代の大きな技術であることが分かります。こうした視点は、AIを理解し、その将来を予測する上でも重要だと思われます。そこで、今回はAIの進化の歴史をひもといた上で、その未来を占う連載記事を3回に渡ってお届けします。
本シリーズの第2部では、マーク・レイ氏がAIの最初の冬の終わり、及び80年代と90年代の技術の発展について詳しく調べます。(編集部)