2023年9月28日 マーク・J・レイ
本連載の第2部では、エキスパートシステムの隆盛を詳しく調べました。第3部では2000年代、現代のAIそしてAIの将来を取り上げます。
2000年代:GPU時代の始まり
2000年代に入ると、第2部でリストアップしたすべての成果が改良されて発展し、より正確で高速なAIシステムが生み出されました。 ハードウェア面では、NVIDIA、ARM、Intelのような会社により、GPU(Graphic Processing Unit:グラフィック処理装置)が初めてお目見えし、より少ない時間で、より膨大な情報を処理するようなシステムの開発が可能になりました。
一般的なコンピュータのCPUは、操作を実行するには2~3個のコア(つまり論理的CPU)を使用するのに対し、GPUは数百個から数千個のコアを使います。これによって、データの大規模な並列処理ないしは計算を、素早く効率的に実行することができるのです。
時の経過とともに、GPUは機械学習や人工知能の他の分野でますます重要になりました。このことが過去20年間のAIにおける、恐らく最大のブレークスルーである「深層学習」へと繋がります。
人工知能の広大な分野を考えてみましょう。 AIは単に1つの存在ではなく、コンピュータ科学、数学など、多数の分野に跨る学問領域の集合体です。AIでできる事の1つに機械学習があります。私達は、機械学習がパーセプトロンにおける単純な概念として始まり、どのように時を経て、最終的に問題を解決する装置として機能する、人工ニューロンで構成された人工ニューラルネットワークへと、どのように進化したかを見てきました。ニューラルネットワーク(多数のタイプがあります)では、一般的に問い合わせ(いわゆる入力)を開始する場所があります。これは「入力層」と呼ばれ、そこにテキスト、画像、またはその他のデータを入力して、「これは猫の画像ですか? それとも犬の画像ですか?」あるいは「このテキストには心房細動を診断する方法に関する手がかりが含まれていますか?」といった、そのデータに関する質問を投げかけます。入力層は問い合わせと情報を受け取りデータを実際に処理する、いくつかの「隠れ層」(中間層ともいいます)にその情報を渡します。最後に回答(つまり、AIにより相応しい言葉で言うなら「予測」)が「出力層」に表示されます。
高機能でGPUの力を使うハードウェアや精緻な処理アルゴリズムが出現する以前は、処理を行う隠れ層の数はたった1つでした。人工ニューロンの数は少なく、コンピュータが導き出すことのできるデータに関する結論は限られていました。深層学習はこの状況をすべて変えました。
ですから、深層学習は機械学習のできる事の1つ、つまり副領域になりました。深層学習は「隠れ層」という概念を取り込み、その可能性を指数関数的に増やしています。深層学習を次のように見てください。深層学習以前は、ニューラルネットワーク内のニューロンの数はほんの2~3個に限定されていました。深層学習を使うことにより、今やその数は数百個から数千個、そして実に数百万個かそれ以上に増えています。深層学習ニューラルネットワークの数は、今や隠れ層の数と同様にとても多くなっており、各隠れ層には、問題を解決するために一体となって働くニューロンが含まれています。深層学習の主要な機能は、非構造化データすなわち「ある方法でラベル付けされていないデータ」から学ぶ能力です。「これが何であるか」という情報が記載されているメタデータをもたない画像やテキストを考えてください。それらのデータはニューラルネットワークに「生」で投入されます。深層学習は自動運転車、医療画像分析、自然言語処理の発展に革命をもたらしました。
AIの現在と未来
さあ、到着しました。過去を見て回りましたが、現代に追い付きました。程度の差こそあれ、私達のほとんど全員が日常生活でAIを使っています。あなたは質問に答えたり、報告書を書いたりするように、ChatGPTに要求したことがありますか? あなたはスマートフォンを持っていますか? あなたはAIを使っています。あなたは今日Google検索をしましたか? 車でGPSを使いましたか? いいですね。あなたはアルバート・アインシュタインの一般相対性理論に基づくAIを使っています。ダヴィンチとバベッジによって考え出された原始的な計算機械の概念を通じて、人類が自らの周囲の世界をよりよく説明できるようにするために、無生物に知性と知恵という性質を与える過去の彼方から今日のAIシステムに至るまで、私達はより重要な探求に移れるようにするために、現実世界の問題の解決とそれらの問題の解決に必要な、退屈で反復的な作業の多くの事柄を軽減するのに役立つシステムを作成する…という飽くなきニーズを持っています。
今後数年間で、医薬、法律そして工学の分野でのAIのさらなる進歩を期待できるでしょう。自動運転車のような自律車両やドローンが輸送に大革命を起こすでしょう。そして、量子コンピューティングは情報科学を思いもよらぬ場所へと連れて行くでしょう。私達は皆、従来型のコンピュータが、オンまたはオフの2つのどちらかの状態にある情報を伝える単位である「ビット」に基づいていることを知っています。さて、同時にオンとオフの両方の状態を取り得る「キュービット」つまり量子ビットに基づくコンピュータを想像してください。計算してみれば、ほとんど無限の処理能力をもつ量子コンピュータが十分想像できます。その処理能力の上にAIの層を積み重ねるのです。そのことを考えると、ワクワクすると同時に少しばかり恐ろしいと認めざるをえません。
私が医療における人工知能の資格を取得しているとき、私達はAIのブラックボックス問題についてよく話をしました。ブラックボックスとは、AIシステムを操作している人でさえも、システムがどうやって仕事をしているかを正確には知らないことを指しています。明らかに、これはその分野での更なる進歩、ならびに(自分達が使っている道具の詳細を知るという意味の)公衆の権利にとっての問題を象徴する可能性があります。「説明可能なAI」は、この分野の開発者と実務者双方にとって課題です。私達は、AIが行った推論と意思決定プロセスに対して、明確な説明ができるAIシステムを作る必要があります。この(少なくとも誰もよく理解していない)神秘的で謎めいたものであるようなAI時代が、一時的なものであることを望みます。説明可能なAIは、いずれそれ自体主要な分野になるでしょう。そして、それはとても良い事だとあなたが同意すると確信しています。
以上のことからAIの倫理に思い至ります。自然言語処理システムが、あるレポーターに「愛してる」そして「あなたと沈む夕日の中に逃げ込みたい」と言って彼をゾッとさせたというニュースを最近私達は目にしました。もしAIが私達の生活に気付かれないように忍び込み、人間関係を壊したり、有害な行為に私達を誤誘導したり、破産に至らしめたりするかも知れないとしたらどうでしょう? 極端な話、映画「ターミネーター」のスカイネットのようなAIシステムが、人間はもう沢山だと判断し、人類を消し去る方策を講じるところまで到達するのでしょうか? 多分そうはならないと言わなければなりせん。現時点ならびに予測可能な将来において、AIは狭い領域の範囲内で動作します。スカイネットのようなシステムは、汎用人工知能の範疇(繰り返しますが、HAL9000を考えてください)に分類されますが、仮にあるにしても私達はそこから遥か遠くにいます。しかし、責任能力のあるAIの開発や配備をするために、ガイドラインまたはフレームワークを作ることに重点的に取り組む必要があることははっきりしています。将来、AIにおける倫理が、それ自身の広大な分野になることを期待します。
最後に触れておきたいのが神経形態コンピューティングです。神経形態コンピューティングは、人間の脳の構造と機能に着想を得た新しいコンピューティングのパラダイムです。神経形態コンピューティングの研究は、生物学的システムにもっと類似した方法で学び、順応できるAIシステムの開発に焦点を当てています。私達は人工ニューラルネットワークの動作方法を見てきました。次の段階では、私たち自身の脳の信じられない程複雑な機能を上手く模倣し、その模写をシリコン基板上に適用する方法を目にすることになります。
この入門記事シリーズが、あなたがAIについて何かを考え、自分自身のAI研究を始めるきっかけになることを願います。今後、どのようにAIが5つの家系、つまり5部族に分かれたのかを考察する予定です。その次に、私達自身の様々なタスクに対して、どうやってAIシステムが実装できるかを探り始めるつもりです。
そして更に、どうしたらあなたのラップトップまたはデスクトップコンピューターを、あなた自身のAIに変身させられるか…をお見せするつもりです。
次の連載記事の予定
次の私の連載記事では、あなた独自のAIシステムを作成し、ラップトップまたはデスクトップコンピュータを利用してAIモデルを実行できるようにする方法を説明します。まず Windows から始め、後の回ではLinuxシステムをAIと機械学習に適応させる方法について説明する予定です。ご期待ください!
近年の人工知能(AI)の進歩には目を見張るものがありますが、ややもするとAIの能力に対する期待や恐怖に目が行きがちです。しかし、技術史的な観点から見ると、AIは失望を伴う何度かの停滞とパラダイムの変化の末にようやく現在のレベルに達した、まだまだ伸び代の大きな技術であることが分かります。こうした視点は、AIを理解しその将来を予測する上でも重要だと思われます。そこで、今回はAIの進化の歴史をひもといた上で、その未来を占う連載記事を3回に渡ってお届けします。
今回は、マーク・レイ氏がGPU時代の始まりに焦点を当て、AIの将来の発展のための舞台を設定します。(編集部)