1.事業特性とプラットフォーム選択
堀川産業株式会社(以降、堀川産業と略記)は、LPガスを中心に都市ガス・電力・灯油・ガソリンスタンド事業・リフォーム・通信・不動産・保険まで展開するマルチエネルギーサプライヤーです。災害時の中核充填所運用やLPWA普及といった社会インフラの性格上、基幹システムには24時間365日の安定稼働が必須条件となります。

堀川産業株式会社の事業内容[LANSA Forum 2025講演資料より]
堀川産業は、IBM Power9プロセッサーを搭載するIBM Powerサーバー(OSは、IBM i)をオンプレミスで採用し、CL/RPG IV/DDSをSEUで内製、長年の運用知見で自社業務に最適化してきました。堀川産業におけるIBM製サーバー採用の歴史は1971年のSystem/3導入にまで遡り、資産を途切れさせない「進化的継承」が文化として半世紀超にわたり根付いています。
堀川産業の情報システム部は9名体制で、グループ会社である「株式会社エネクル」を含む全体を支えており、基幹システムを止めないことと即応性の両立を実務で担保しています。
2.変革のトリガー:インボイス制度と旧ハンディターミナルの限界
2018年、堀川産業はLongRangeを導入し、iOSデバイスとIBM iの連携を拡大しました。
(LongRangeは、RPG、COBOL、CLのスキルでiOSおよびAndroid用のネイティブアプリケーションを開発できるツールです。)
初期の開発事例は、ガスメーターのQRコードをiOSカメラで読み取り、IBM iから得意先情報をSafariで連携する仕組みであり、現場での検索の迅速化と誤入力の抑制を実現しました。
しかし、2023年にインボイス制度がスタートするにあたり、現場で使用していたWindows CEベースの外部委託ハンディターミナルは、インボイス制度に適合するための大改修が必要になりました。加えて、ハンディターミナルのバッテリーの劣化と老朽化によるSDカードなどの不調、オフライン運用におけるデータ送受信という作業負担、ハンディターミナルとiPadの2台持ちなどの非効率性が顕在化しました。
そこで、堀川産業は、LongRangeとiOSによる「1台統合」かつ「常時オンライン化」へと全面移行する判断に至ったのです。

LongRange採用の決め手[LANSA Forum 2025講演資料より]
3.設計思想:操作感・GUI継承
LongRangeとiOSによる「1台統合」かつ「常時オンライン化」への移行にあたり、最も重視したのはユーザーになるべく負担がかからないようにすることでした。
そこで、旧ハンディの操作性をLongRangeで継承するとともに、どこから入力しても正しく動く設計を徹底しました。
そして、制御面では、1画面・1プログラム主義を採用しました。具体的には、入力イベントごとに、「エラーチェック」→「再計算」→「初期化範囲の決定」→「印刷可否判定」までを一連の流れとし、印刷ボタンは「全項目OK」時のみ有効にする設計です。色設計は、5250時代のシンプルさを踏襲して「迷わないUI」に統合しています。

アプリケーション画面(灯油販売)[LANSA Forum 2025講演資料より]
4.実装構成:IBM iへの直接読み書き+高速モバイルプリンタ
LongRangeとiOSによる「1台統合」かつ「常時オンライン化」は、iOS端末にLongRangeクライアントを搭載し、顧客マスタ/取引データ/料金テーブルをリアルタイムに参照・更新する、シンプルかつ強固なIBM iとの直結モデルとなります。
検針票などを印刷するプリンタには、大崎データテック SP650VI(約550g/300dpi/1枚約5秒)を新たに採用しました。URLスキーム連携でLongRangeからプリンタ連携アプリへデータを渡す仕組みです。帳票レイアウトは、大崎データテックの印刷プログラム開発ツールを用いて自社設計し、内製を可能にしたことで、現場からの要望への対応に要する時間が劇的に短縮されました。

システム構成[LANSA Forum 2025講演資料より]
5.インボイス対応:税計算と端数処理の厳密化
インボイス制度では、同一税率での計算、端数処理は一度のみという取り扱いが求められます。一方、現場では非課税/税込/税抜が混在します。
そこで、堀川産業では、RPG側にエラーチェックサブルーチン群を用意し、イベントごとの「検証」→「再計算」→「初期化範囲」を厳密に切り分けました。
例えば、顧客コードを変更する場合は全情報のクリア、指針変更時は顧客情報保持のまま料金関連のみクリアといったルールで、正確性と操作性の両立を現場レベルで確保しています。
6.プロジェクト運営:1年8か月で主要3業務を本番化
開発期間は、2022年1月から2023年9月の約1年8か月となりました。プロジェクトの立ち上げにランサ・ジャパンのプロジェクトサポートを活用するとともに、並行して、モバイルプリンタ選定・iOS印刷連携テストを実施しました。
開発実績は、LongRange側がRPG 24本/DDS 54本(iPad・iPhone両レイアウト)、IBM i側がRPG 40本/DDS 20本/PF 10本/LF 35本となりました。2023年9月に、主要3業務(灯油、集金、ガス検針)を本番稼働し、「1台統合」運用が定着しました。
7.効果:1人あたり約1時間削減、即時照会の実現
従来は不可欠であったオフライン送受信の作業が完全に無くなったことで、現場では入力作業に集中できるようになりました。また、夜間2〜3時間を費やしていたハンディ用マスタ生成も不要になり、情報システム部の保守・運用負荷が大幅軽減されました。

導入効果[LANSA Forum 2025講演資料より]
また、現場では、1人あたり約1時間の作業削減を達成しました。そして、現場のデータは即時でIBM iに反映されるため、5250の伝票照会画面によって、伝票をポストに投函した直後のお客様からの問い合わせにも、リアルタイムの回答が可能となりました。結果として、「作業が止まらない」「問い合わせに強い」運用体験が広がっています。
8.IBM iユーザーへの提言:内製DXの勝ち筋
堀川産業の本事例は、既存資産を活かしながらUI・UXを刷新するIBM iユーザーの定石と言えます。
- GUI継承とルール化:旧資産の操作性を保ちつつ、1画面完結で現場の入力作業の迷いを無くす。
- リアルタイム性:LongRangeとIBM iが直接連携、URLスキームで直接モバイルプリンタ印刷を実現。
- 操作性の更なる向上:QR読み取り、18L±など、「頻度の高い操作」の効率性向上。
- 帳票の内製化:レイアウトを自社管理し、現場要望へ即応。
9.今後の方針:現場機能拡充とVisual LANSAによるWeb化
堀川産業は、現場向けIBM i機能拡充(照会・入力の現場完結)とLongRange開発体制の強化(社内育成)を次のステップに据えています。
さらに、Visual LANSAによる基幹Web化を検討中で、ローコード適用による開発スピード/品質/保守性の三立を狙っています。
まとめ
LongRangeとIBM iの組み合わせは、内製・既存資産・現場UI/UXを同時に伸ばす「地に足の着いたモダナイゼーション」を可能にします。そして、インボイスに代表される各種制度の変更が引き起こす荒波に対しても、RPG/DDSの堅牢ロジックとiOS常時オンラインを組み合わせれば、「止まらない基幹」と「止まらない現場」を短期で実現できるのです。
多拠点・多業務・多帳票の複雑さを抱える企業ほど、GUI継承/帳票内製/イベント駆動制御の三点を押さえた「現場密着開発」が効果を発揮します。本記事で紹介した堀川産業の取り組みは、IBM iユーザーにとって実践的な道標と言えるでしょう。
関連情報
- LongRange|RPG/COBOL開発者の為のネイティブ・モバイルアプリ・ビルダー(株式会社ランサ・ジャパン)
- LANSA Forum 2025|堀川産業株式会社 様「LongRange × IBM i で実現した現場密着のシステム開発」(YouTube:LANSA Japan Channel)











当記事は、堀川産業株式会社のLongRange採用事例であり、2025年10月9日に開催されたイベント「LANSA Forum 2025」における講演内容を、堀川産業株式会社確認のもと株式会社ランサ・ジャパンにて再構成したものです。(編集部)