1. 株式会社後藤組の具体的なDXの取組
後藤組のDXは、単なるITツール導入に留まらず、社員一人ひとりが変革の主体となる「全員DX」を特徴としています。
1.1. 現場業務の徹底的なデジタル化と効率化
サイボウズ「kintone」を主軸としたノーコード・ローコードツールを活用し、現場社員自身が業務アプリを作成・改善しています
- ペーパーレス化と残業削減: 紙ベースの安全書類やチェックリストをノーコード・ローコードツールでアプリ化し、タブレット入力に統一。紙の使用量を60%削減し、現場の事務作業負担を軽減、結果として残業時間を21.1%(一人あたり年間約76.8時間)削減しました。
- 勤怠管理システムの自社開発: 顔認証システムを導入した勤怠管理アプリを開発し、労働時間の上限規制に対応。出勤場所の把握と残業時間の適切な管理を可能にしました。
- 生コン車トラッキングアプリ開発: 生コン輸送状況をリアルタイムで共有し、現場での待ち時間を短縮、工程管理の効率化に貢献しました。
- BIM/CIM・ICT施工の活用: ドローンや3Dレーザースキャナーによる高精度測量データをBIM/CIMモデルと連携。設計・施工の精度向上と手戻り削減を実現しました。
1.2. 働き方・組織文化の変革と人材育成
デジタル技術の導入だけでなく、社員の意識と行動の変革に注力しました。
- 「デジタルの民主化」: ノーコード・ローコードツールで開発したアプリのUI/UXを徹底改善し、デジタルに不慣れな社員でも使いやすい環境を整備。QRコード活用でアプリアクセスを容易にするなど、心理的障壁を取り除きました。
- ユニークな人材育成: 「勉強会で最も成績の悪かった社員が次回講師を務める」という仕組みを導入し、社員の主体的な学習意欲を喚起。社内認定資格制度や奨励金・手当も導入し、DXスキルの向上を奨励しました。
- 若手社員の定着率向上: クラウドシステム導入による柔軟な働き方支援と残業削減により、新卒社員の3年後定着率が64.3%から83.3%へと大幅に向上しました。
1.3. 新規ビジネス創出とサプライチェーンへの価値提供
DXの成果を自社に留めず、新たなビジネス展開と業界貢献に繋げています。
- 建築資材フリーマーケットアプリ: 現場の余剰資材を再利用するアプリを開発。年間400kgの廃プラスチック削減と月47万円の資材コスト削減に貢献しました。
- DX支援事業への展開: 自社で培ったDXのノウハウ(アプリ販売、他社視察受け入れ)を他社へ提供することで、従来の建設業の枠を超えた新たなビジネスモデルを確立し、業界全体のDXに貢献しています。
- 協力会社とのデジタル連携: デジタルプラットフォームを通じた情報共有を強化し、協力会社を含めたサプライチェーン全体の効率化を図っています。
これらの取組により、後藤組は生産性向上、労働災害削減、若手定着率向上に加え、廃棄物削減や新規事業創出といった多角的な成果を達成しました。
2. DXの本質:変革が主であり、デジタルは手段であること
後藤組の事例は、DXが「変革」を主目的とし、「デジタル」はそのための強力な「手段」であることを明確に示しています。
-
「変革」が目的
- 組織文化・働き方の変革: 「全員DX」を根付かせ、社員の自律的な業務改善マインドを醸成し、柔軟な働き方でエンゲージメントを高めました。
- 業務プロセス・生産性の変革: 紙中心からデジタル連携への移行で、業務の流れを再構築し、劇的な効率化と生産性向上を実現しました。
- ビジネスモデル・顧客価値の変革: DX支援事業への進出や、デジタルを通じた顧客との透明性の高いコミュニケーションで、新たな価値提供モデルを構築しました。
- 環境貢献・企業価値の変革: 資材リサイクルによる環境負荷低減は、企業の社会的価値向上にも繋がっています。
-
「デジタル」が手段
- ノーコード・ローコードツール、IoT、BIM/CIM、AI、顔認証システム、クラウドといったデジタル技術は、上記「変革」を実現するためのツールとして機能しています。これらの技術が単独で価値を生むのではなく、戦略的な変革目標に沿って活用されることで、真のDXが達成されています。
3. デジタルガバナンス・コード3.0との関係性
後藤組のDX推進は、経済産業省が示す「デジタルガバナンス・コード3.0」の主要な要素に沿って行われています。(PDF:デジタルガバナンス・コード3.0 ~DX経営による企業価値向上に向けて~)
-
DX推進の基盤となる要素
- 経営戦略とDX戦略の一体化: 「データドリブン経営の実現」というビジョンを経営戦略と一体化し、生産性や定着率向上などの具体的な目標設定に落とし込んでいます。
- 経営トップのコミットメントとリーダーシップ: 社長自身が「全員DX」を主導し、継続的に発信することで、全社的な推進を牽引しています。
- DX推進体制と資源配分: 専任DXチームを設置し、ノーコードツール導入でIT資源を効率的に配分し、現場開発を可能にしています。
-
DX推進の具体的な実践要素
- 顧客・社会起点での価値創造: 廃プラスチック削減やDX支援事業を通じて、環境・社会への貢献と新たな収益源を両立しています。
- ビジネスモデル・業務プロセスの変革: ノーコード・ローコードツールによる業務プロセスを再構築し、変革を実現しました。
- データ活用とデータドリブンな意思決定: 現場データをデジタル化し、資材管理や需要予測に活用することで、データに基づいた意思決定を推進しています。
- デジタル技術の導入と活用: ノーコード・ローコードツール、BIM/CIM、AI、顔認証など、目的達成に最適な技術を選定し、効果的に活用しています。
-
DX推進を支える組織・人材・文化の要素
- デジタル人材の育成と確保: ユニークな研修制度や社内認定資格により、社員のデジタルリテラシーとスキルの向上を継続的に支援しています。
- アジャイルな組織・文化の醸成: 現場社員によるアプリ開発・改善の文化は、環境変化に迅速に対応するアジャイルな組織特性を育んでいます。
- セキュリティ・プライバシー・倫理への対応: データ活用におけるセキュリティや顔認証システム利用におけるプライバシーへの配慮が適切に行われています。
おわりに
株式会社後藤組の事例は、DXが「デジタルを手段とした組織全体の変革」であることを明確に示しています。これはまさに、デジタルガバナンス・コード3.0が示す各原則が、いかに具体的な企業変革と持続的な成長に繋がり得るかを実証しています。
技術導入だけでなく、経営者のリーダーシップのもと、全社員が主体的に関わり、業務や文化を変革することこそが、真のDX成功の鍵と言えるでしょう。
- 第1回記事:中堅・中小企業のデジタル変革を促進する経済産業省の取組とDXセレクション2025受賞事例
- 第2回記事:なぜかあまり知られていない「DX認定制度」をやさしく解説 ~DXに立ち向かうのなら、この制度を活用しよう~
- 第3回記事:DXセレクション2025グランプリ受賞事例(株式会社後藤組)とデジタルガバナンス・コード3.0(本記事)
今後の公開予定日:7月14日、8月21日、9月16日
どうぞ、ご登録ください。
筆者
![]() |
経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 地域情報化人材育成推進室長・デジタル高度化推進室長 河﨑 幸徳 |
はじめに
今回は、経済産業省「DXセレクション2025」で最高賞であるグランプリを受賞した株式会社後藤組(本社:山形県米沢市)の先進的なDXの取組を解説します。同社の事例を通して、DXの本質が「デジタル」を手段とした「変革」にあることを明確にし、企業がDXを推進する上で不可欠なデジタルガバナンス・コード3.0との関係性も詳述します。
まずは、DXセレクション2025表彰式における株式会社後藤組のグランプリ企業取組紹介ビデオをご覧ください。【DXセレクション2025】グランプリ企業取組紹介 株式会社後藤組(YouTube)
グランプリの受賞は、建設業界が抱える労働力不足や生産性停滞といった課題に対し、株式会社後藤組の「全員DX」をテーマに掲げ、デジタル技術を手段として企業文化、働き方、ビジネスモデルを根本的に変革した取組が高く評価されたものです。同社の事例は、「デジタルガバナンス・コード3.0」に沿ったDX推進の模範を示しています。
経済産業省 デジタル高度化推進室長 河﨑 幸徳